シーシャの発祥の歴史や文化とは?16~19世紀にかけてのインドの歩みを解説!

シーシャの発祥の歴史や文化を紹介

16世紀:インドでシーシャが発祥

シーシャの発祥は16世紀までさかのぼり、インドで生まれました。

当時、インドの宮廷に仕えていたイラン人の医者・アブルファス=ギラニが発明し、アブルファス=ギラニはタバコの成分の弱めることを目的としてシーシャをインドの皇帝にすすめました。

そして、次第に皇帝から宮廷内に広がっていき、インドの貴族層を中心にしてシーシャに火が付くのです。

16世紀のインドはガラス製造が始まった頃でもあります。

当時はまだ珍しかったガラスの器やパイプを用いて、貴族の間でシーシャが楽しまれていました。

貴族の娯楽として誕生したシーシャは貴族の身分の高さを示すものとして、高貴な人たちを中心にインド社会にさらに広まりをみせます。

 

17世紀:シーシャがペルシャ文化の一部に

17世紀前半にはインドからアラブ諸国やエチオピア、トルコへとシーシャが広まっていきました。

そして、ペルシャ文化の一部として認知されていきます。

17世紀頃のシーシャはアジャミと呼ばれる強く、濃いたばこの葉が使われていました。現在のようなフレーバーはなく、アジャミの強くて濃い香りや味を楽しみました。

また貴族の嗜好品としてのシーシャから、庶民でも楽しめるシーシャへと広がりをみせた時期でもあります。

上級階級の人たちはシーシャ専用の使用人を雇い、庶民とは一線を画したシーシャを楽しみました。

当時のシャー(インドの王様)もシーシャ専用の使用人を雇っていたという記録がありあります。

17世紀後半に入ると、ペルシャ人やトルコ移民などによってヨーロッパ各国へシーシャが伝わっていきます。

17世紀の特徴としては土木技術の向上に伴い、パイプの外観を再構築したことがポイントの1つです。

 

18世紀:トルコにシーシャが伝わる

18世紀頃になるとシーシャはインドのみならず、トルコにも影響を与え始めます。

トルコでは鍛冶屋が複雑な真ちゅうのデザインを鋳造し始めました。

パイプに王室や宗教的なデザインを施し、豪華なデザインが主流となっていきました。

今までのような地味なデザインのシーシャ本体は姿を消し、豪華絢爛なデザインのものが人々をシーシャの世界へといざなっていきます。

またトルコではインドのように、貴族の身分を示すものとしても扱われました。

特にトルコの王室の夕食後や外交会議でシーシャを吸っていたといわれています。

丁重に客をもてなす手段としてシーシャが差し出され、シーシャは信頼の証として受け取られました。

差し出されたシーシャを断ることは侮辱と捉えられ、シーシャを嗜むことが身分の高い貴族との社交の場で利用されました。

 

シーシャカフェが登場

ヨーロッパの各国にも広がりをみせていたシーシャは、街中にシーシャカフェが誕生するほど流行りました。

シーシャを吸いながら会話を楽しむ人々が増えていき、手軽にシーシャを吸える環境が整ってきました。

現在のようにシーシャを吸いながら会話を楽しむスタイルは、18世紀頃から確立されたのです。

 

19世紀:シーシャが中東に広まる

19世紀頃にはシーシャが中東に広がりました。

特にエジプトではシーシャが好まれ、現在に通じるフレーバーが誕生しました。

吸いやすいフレーバーの登場により、より多くの人々にシーシャが広がるきっかけとなりました。

 

フレーバーの発明

エジプトでは蜂蜜や糖蜜をシーシャに混ぜて吸う習慣がでてきました。

当時、蜂蜜や糖蜜を混ぜたフレーバーは「Mu’Assel」と呼ばれ、直接「蜂蜜入り」と訳されたといいます。

一般的に「Mu’Assel」は乾燥レモン、ブドウ、スイカ、ミントが追加されたフレーバーです。

また、エジプトのナハラ社が史上初のフレーバーを発明したのも19世紀です。

初のフレーバーは「ダブルアップル」でタバコの葉をリンゴジャムにつけたことが起源と言われています。

フレーバーの誕生により、「シーシャといえばフレーバー」という概念も浸透していきます。

さらにフレーバーのおかげでシーシャを嗜む人も増え、シーシャカフェの増加に繋がっていきました。

シーシャカフェはコミュニケーションの場として親しまれ、人種や階級、性別を問わずに新しい人との出会いの場や深い議論を交わす場として盛り上がっていきました。

 

現代のシーシャ

ヨーロッパの一部や中東を中心に人気のあったシーシャは、グローバル化の波を受けて全世界へと広がっていきます。

そして、シーシャをよりよくしたいと研究熱心な方も現れ、シーシャ自体の質の向上や豊富な種類のフレーバー開発に熱が注がれるようになりました。

 

20世紀:すべての大陸にシーシャが広まる

20世紀になると、シーシャの魅力がヨーロッパ全土やアメリカなどにも伝わりました。

インドや中東の人々が自分たちの文化として、インドからペルシャ、トルコ、中東、そしてイスラエル、アルメニア、パキスタンなどの近隣諸国からアメリカなどの離れた国々へとシーシャの魅力を広げたのです。

すでにシーシャのことを熟知しているインドや中東の国の人々がシーシャの良さを語ったり、実演したりしました。

インドや中東などへ旅行や仕事で来た時にシーシャを体験し、ぜひとも自国でもシーシャをしたいと持ち込んだ方もいます。

 

21世紀:シーシャ産業がさかんになる

20世紀頃から徐々にシーシャが広まってきたアメリカでは、21世紀に入ると自国の技術を用いてシーシャのフレーバーを研究する人々が現れました。

彼らたちはシーシャのフレーバーやシーシャ自体の品質向上を求め、日夜研究に励みました。

彼らはもっとシーシャの魅力を様々な人に伝えたいと、今までにないようなフレーバーの開発に取り組みます。

そして豊富な種類のフレーバーの開発に成功し、万人受けするようなフレーバーが次々と生まれていくのです。

味や香りが良く、爽快感が味わえるフレーバーや優美な甘さが感じられるフレーバーなどさまざまな好みに合わせたフレーバーが開発されました。

すると、さらにシーシャ人気は高り、シーシャ産業もさかんになりました。

 

シーシャはいつから日本に広がった?

21世紀には日本にもシーシャが上陸しました。

特に、ここ数年の間に日本におけるシーシャ人気には目を見張るものがあります。

都市圏を中心にシーシャカフェやシーシャバーが軒を連ね、シーシャを自宅で楽しむ人も増えてきました。

どんどんシーシャにはまる人が増えてきている今、波に乗ってシーシャを始めてみたいと考えている方も多いでしょう。

日本のシーシャカフェやシーシャバーには常時600種類以上のフレーバーを置いてあるお店もあります。

また落ち着く店内で友人や同僚と癒しの時間を共有できるお店も多くなっています。

 

シーシャの発祥を知り歴史を感じよう

シーシャの発祥はインドにあります。

貴族階級の人たちが楽しむシーシャが月日を重ねる間に庶民にも愛される嗜好品となりました。

時を超えてインドから世界各国に広がるシーシャは、シーシャの質の向上やフレーバーの誕生などさまざまな歴史をつくりながら、日本に上陸しました。

シーシャの発祥や歴史を感じながら、シーシャの良さをより味わってみましょう。

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